大判例

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東京高等裁判所 昭和29年(う)202号 判決

被告人 降旗徳彌

〔抄 録〕

一、A・B両弁護人の論旨第二点について。

所論は、原判決が証拠に採用した証人大木源次、同白金彦太、同島崎伊兵衛、同中田辰雄、同白金福太、同二村英巖、同武居初雄、同上垣外悦三、同狩戸喜右エ門、同武重一雄に対する裁判官の各証人尋問調書(以下単に証人大木源次等に対する尋問調書と略称する)は不適法なものであつて、証拠能力がないと主張する。そこで前記各証人尋問調書を検討してみると、右証人尋問に当つて、裁判官は被疑者(即ち本件被告人)又はその弁護人を立会させていないことはまことに所論のとおりであるが、刑事訴訟法第二二八条第二項によれば、被疑者や弁護人の立会は絶対に必要な条件ではなく、裁判官が捜査に支障を生ずる虞がないと認めるときに限り許容することができるものであるところ、公職選挙法違反事件の搜査においては、証人尋問に被疑者や弁護人を立会わせると、爾後の搜査に支障を生ずる虞のあることは決して稀有の事例ではないから、前記各証人の尋問が、被告人や弁護人の立会なくして行われたとしても、その手続には少しも違法なところはない。

然るに、所論は、被告人や弁護人の立会権を制限した右刑事訴訟法第二二八条第二項の規定そのものが憲法第三七条第二項の規定に違反すると主張するが、その然らざることは既に最高裁判所判例(昭和二七年六月一八日大法廷判決・判例集六巻六号八〇〇頁)の存するところであるから所論の理由ないことは明らかである。

次に所論は、前掲証人として尋問を受けた者達と、本件被告人たる降旗徳彌とは、いわゆる必要的共犯の関係にある者であるから、これ等に対する取調は被疑者として質問すべきものであり、証人として尋問すべきものではない。現に本件の証人大木源次等に対する尋問調書も、その表題は証人尋問調書となつているが、人定質問をしているくらいで、その実質は被疑者質問調書と異らないから、それは刑事訴訟法第二二七条所定の証人尋問調書に該当しないと主張する。前記証人尋問において、大木源次等は、本件被告人から原判示金員を受領したという事実について取調べられていることはまことに所論のとおりであるが、その被疑者と右のような関係にある者といえども、証人たる適格を有することは、刑事訴訟法第一四六条が自己の刑事責任を追及される虞のある者に証言拒絶権を認めた趣旨からいつても明らかである。このことは仮に前記大木源次等が本件被告人と共同被告人として起訴されたとしても、事件が本件から分離されれば本件被告事件の証人として尋問を受けることもありうること、また一般に、共同正犯者であつても、別個に起訴された場合には各々の事件につき相互に証人となりうるものであることなどから考えても右の見解の正当であることは疑のないところである。而して所論の各証人尋問調書において、証人の人違いがないかどうかを確かめる手続について、人定尋問とすべきところを人定質問と記載していることは所論のとおりであるが、それは単に、「見出し」の意味しかもつておらず、その実質は証人の氏名、年齢、職業、住居を尋問し、その人違いでないことを確かめており、刑事訴訟規則第一一五条所定の手続を正当に履践していることが認められるばかりでなく、証人としての宣誓手続、尋問の内容はいずれも証人尋問として適式なものであるから、前記大木源次等に対する証人尋問を以て、被疑者に対する質問であるということはできない。要するに証人大木源次等に対する尋問調書中、人定質問とあるのは人定尋問の誤記に過ぎないと認めるのほかなく、叙上のような単純な誤記は当該証人尋問調書の効力に影響を及ぼすものとは認められないから、これに反する所論は理由がない。

さらに所論は、裁判官が前記大木源次等を証人として尋問した当時、同人等には、後日「公判期日において圧迫を受け、前にした供述と異る供述をする虞」がなかつたから刑事訴訟法第二二七条第一項の要件を欠いているとも主張しているが、記録を調査すると、前掲大木源次等は、同人等が金員を受領したとみられる本件被告人や、右大木源次等からさらに金員を供与したと認められる相手方に対する配慮などから、後日公判期日においては圧迫を受け、前にした供述と異る供述をする虞の存したことが窺われるから、検察官から証人尋問の請求を受けた木曾福島簡易裁判所裁判官が刑事訴訟法第二二七条、第二二八条に基いて前記大木源次等を証人として尋問したのは正当であり、所論は採用できない。

要するに、原判決が証拠に採用した裁判官の証人大木源次等に対する証人尋問調書には形式的にはやや不備のところは存するが、その内容にはなんら不法なところはないからこれを証拠に採用した原判決には所論のような法令違反は存しない。論旨は結局理由がない。

二、C両弁護人の論旨第四点について。

所論は、裁判官の証人大木源次及び同武居初雄に対する各証人尋問調書は刑事訴訟規則第三八条第三項に違反した違法な書面であるのにこれを証拠に採用した原判決の訴訟手続には法令の違反があると主張する。そこで記録を調査すると、所論摘録の証人大木源次(昭和二八年五月一一日附)及び同武居初雄の各証人尋問調書には、「調書を供述者に読聞かせ又は供述者に閲覧させてその記載が相違ないかどうかを問うた」旨の記載がないことはまことに所論のとおりであるが、同調書の末尾には、供述者の署名指印の存することが明らかであるから、反証のない限り、前記刑事訴訟規則第三八条第三項所定の手続は履践されたが、同調書の作成者たる小林書記官補において、その旨を記載するのを失念したものと推定するのを相当とする。而して供述者に対し叙上のような読聞け等の手続をすることは通例のことであるから、その手続を履践しても、供述者に異議がなかつた場合には、供述者から増減変更の申立があつた場合や調書の正確性について異議の申立があつた場合などとは異り、必ずしもその旨を調書に記載しなくても差支えないとも解しえられるから、前記の各証人尋問調書にそれぞれ所論のような手続を履践した旨の記載がなされていなくても、その証人尋問調書の効力には消長がないといわなければならないのみならず、仮に百歩を譲り、所論のように前記各証人尋問調書が無効であり、これを証拠に採用した原判決の訴訟手続に法令の違反があると仮定しても、右証人尋問調書を除外しても原判決挙示のその余の証拠で、原判示第一もしくは同第七の事実を認定するに十分であるから、その違法はなんら判決に影響を及ぼさないものといわねばならない。従つて結局所論は採用し難く、本論旨もまた理由がない。

三、A・B両弁護人の論旨第三点、C両弁護人の論旨第五点及びD・E両弁護人の論旨第三点について。

所論はいずれも原判決が被告人に対し選挙権、被選挙権を停止しない旨を宣告しないのは不当であるというのである。そこで記録を調査し、かつ当裁判所で行つた証拠調の結果に徴すると、本件の罪質は表面的にはいわゆる買収事犯であり、しかも候補者自身の違反行為であるという点において決して軽視することはできないものではあるが、本件金員授受の事情を仔細に検討すると、本件で被告人から金員を受領した原判示大木源次等は、いずれも従前から熱心に被告人を支持しており、前回の選挙においても選挙運動の費用を自弁支出していた者さえあつたくらいなので、被告人はこれを心苦しく思い、それ等の補償の意味をも含めて金員を支出したものであることが窺われ、原審検察官もその論告において指摘しているとおり、必ずしも特に悪質な選挙事犯とは認められないのである。もつとも、被告人の先代降旗元太郎は著名な政治家であつて、その家に人と成り、政治家としての素養も十分であるべき筈の被告人が、金員交付の時期と方法を誤つた点においてまことに軽率のそしりを免れず、その金銭の流動により多数の選挙人たちに多大の迷惑を蒙らしめるに至つたのは、被告人自身のためにも当裁判所の甚だ遺憾とするところで、大いにその責任の自覚を望むものではあるが、翻つて被告人の経歴、ことに同人が従来国政や地方自治、育英事業等に尽した功績や、被告人と本件金員交付の相手方たる原判示大木源次等との関係、金員授受の動機、態様、本件犯行後の行状その他諸般の事情を彼此斟酌して考えると、被告人に対してはこの際特に選挙権、被選挙権を停止しないで、その政治的活動を存続させるのが相当であると認められる。従つて右と趣旨を異にし、被告人に対して選挙権、被選挙権不停止の宣告をしなかつた原判決は破棄を免れない。論旨はこの点においていずれも理由がある。

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